なお、タイトルでは44期とさせていただいているが、防衛大学校の卒業か一般幹部候補生なのか、公式情報で確認できていない。, いずれにせよ、陸上自衛隊入隊は平成12年3月の44期(相当)なので、2019年1月現在では昨日1月1日に、1選抜の同期が1等陸佐に昇任したばかりの世代ということになる。, 原隊(初任地)は目達原駐屯地に所在する西部方面ヘリコプター隊であり、同地で初級幹部として厳しい訓練を受け、自衛官生活のスタートを切った。, その後、平成20年にCGS(指揮幕僚課程)に入校しており、近い将来の陸自航空科を担うエリート高級幹部に昇任することは、まず間違いないだろう。, 佐官昇任後のキャリアは浅いために、中央や地方隊などでの活躍は東北方面総監部防衛部、陸上幕僚監部運用支援・情報部といったところで、まだまだこれからの先が長い期待の幹部だ。, 平成29年3月に第2飛行隊長に着任しているが、この先さらに、上級部隊での指揮幕僚それぞれのポジションで要職を重ねていくことになるだろう。, なおその第2飛行隊だが、保有しているのは観測用のOH-6Dと多用途機のUH-1J。, いずれも陸自の航空科ではおなじみの機体であり、特にOH-6Dは、その愛らしい機体からタマゴヘリと呼ばれることもある、人気のヘリだ。, UH-1Jも、搭載兵員は11名であり積載荷重は1800kg程度なので、いずれも普通科などまとまった兵員を輸送し、強襲を目的に運用されるものではないが、実は第2飛行隊は陸自でここだけという、少し変わった任務を持っている。, 具体的なその内容まではもちろん公開されていないが、第2師団と言えば74式戦車、90式戦車、10式戦車の3世代を唯一運用している、第2戦車連隊を隷下に持つ部隊でもある。, また対ソ連(ロシア)戦闘の最前線として、冷戦期から具体的な戦闘を想定して準備を重ねてきた精鋭中の精鋭だ。, 広大な演習場を持つ北海道の利点もあり、航空科の果たすべき新たな役割を研究する部隊として、これ以上はない環境にあり、またそれにふさわしい精鋭が揃っている。, そのようなことを考え合わせると、そのような重責を第2飛行隊が担っていることは極めて自然なことと言ってよいだろう。, そしてその精鋭部隊を率いる後村もまた、近い将来、我が国の国防を中心になって担っていく高級幹部に昇り詰めることは、まず間違いない幹部と言えそうだ。, では最後に、その後村と同期である44期組の人事の動向について・・・見ていきたいところだが、先述のように44期組は2019年1月に1選抜の1佐が昇任したばかりの年次だ。, そのため個別にご紹介していくには数が多いので、それはまた別の機会にさせて頂きたい。, これから2030年代前半にかけて、我が国の国防を中心になって担っていく航空科の幹部、後村のご紹介であった。, 平成 グーフィーさん、いつもありがとうございます! あああああああ しまった・・・ 修…, 最後の1枚✨最高です(o^-‘)b ! 20年8月 幹部学校付(目黒) 12年3月 陸上自衛隊入隊(第44期) 12年10月 西部方面ヘリコプター隊(目達原) 23年4月 東北方面総監部防衛部(仙台) 第13旅団(だいじゅうさんりょだん、JGSDF 13th Brigade)は、陸上自衛隊の旅団のひとつ。中部方面隊隷下の即応近代化旅団で、司令部は広島県安芸郡海田町の海田市駐屯地に置く。3個普通科連隊(軽)を基幹とし、山口県、広島県、岡山県、島根県、鳥取県の防衛警備、災害派遣等を任務とする。, 1962年(昭和37年)、第13師団として中国5県(山口県、広島県、岡山県、島根県、鳥取県)及び四国4県(香川県、愛媛県、徳島県、高知県)を担任する定員7千名の乙師団として編成された。その後、1970年(昭和45年)に第46普通科連隊を新編、定員9千名の甲師団に改編された。後に、善通寺駐屯地に第2混成団が新編されるのに伴い、同混成団に四国4県の担任を委譲し、定員7,100名の乙甲師団となる。更に、1999年(平成11年)3月に陸上自衛隊で初の旅団である第13旅団となった。2008年(平成20年)には即応近代化旅団に改編される。第13旅団の師団等標識は、担当する中国地方を統一した毛利元就の「三本の矢の教え」の故事から、3本の矢羽根と、その左右の藍色が算用数字の13を表している。第13師団時代から変わらない。, 1999年(平成11年)3月の旅団化に伴い、定員は7,100名から4,100名となったが、そもそも定員充足率が全国的に最低レベルの65パーセント程度であったため、むしろ定員充足率が大幅に向上した[1]。旅団化に伴い、次のような改編があった。, 例として、戦車大隊は検閲を行おうにも人員の充足率が定員の50%を下回り30%台の時もあり、大隊検閲時に1個戦車中隊規模の戦車を運用するのが精一杯であった時期もあったと当時の大隊長が改編へ向けての回想として載せている(セキュリタリアン紙への投稿)。改編前は実質的に1個戦車中隊の訓練しか出来なかった事もあり、本部管理中隊を除けば2個戦車中隊であったのを1個戦車中隊に凝縮し訓練環境が大幅に改善したと改編時の初代中隊長が所見として述べている, 但し、1個射撃大隊規模とするも連隊に準じた機能を有する観点で1佐(三)が指定、但し連隊戦闘団への火力支援を担う観点・戦闘団への隷属の関係から隊長の序列は旅団普通科連隊長よりも名簿上は下級になる, 射撃大隊規模であり、連隊時代と違い特定の連隊戦闘団に隷属せず必要に応じて旅団長の命により1個普通科戦闘団へ火力支援を行う関係から、隊本部機能は連隊時代と同様に第1科~4科構成となっている, 連隊時代は、射撃の観測・管制・諸元計算や射撃指揮を大隊本部及び本部管理中隊が担い、隷下の各中隊がそれらを元にして各射撃班が射撃を実施していたが、縮小改編により観測・管制・諸元計算等は隊本部の第3科及び本部管理中隊が行い、各中隊はそれらを元にし射撃指揮所による指揮の下で実際の射撃を行う形式となった, 中隊長はこれまでの1尉職から3佐職に改編され、指揮能力が大幅に向上。連隊時代は、各大隊本部が人事や訓練・補給系統の業務を行っていたが、縮小改編で各中隊にそれぞれ「人事係」「情報・保全係」「弾薬係」「補給係」「被服係」「燃料係」といった大隊の第1~4係に相当する業務を行う隊員が配置された事により、業務の処理の関係・中隊長による指揮を補佐する関係による処置, 「行進距離を短縮 自衛隊の観閲行進」『中國新聞』昭和46年10月23日広島版 8面. 29年3月 第2飛行隊長(旭川). 25年8月 幹部学校教育部(目黒) 沿革. ©Copyright2020 日本国自衛隊データベース.All Rights Reserved. 26年3月 陸上幕僚監部運用支援・情報部(市ヶ谷) そういえば、岸良氏の補職。夏に下番して現…, すごく真面目で几帳面そうな幹部に見えます。 「あいつに任せておけば安心」 という…, 駆けつけ警護、宿営地の共同防衛の指揮官は田中さんで超適任だったと思う。 人って、…, 当時の給養係さま 本当に貴重な思い出をお聞かせいただきましてありがとうございまし…, 第3施設大隊第2中隊配属の曹長時代にご一緒させていただきました。 また第1施設団…, 大塚元海将、今は在ジブチ特命全権大使閣下ですね。自衛隊拠点もあるし、やはり史上初…, ご子息様が幕勤務をされているのですね! 本当に、お疲れさまです。 確かに、厳しい…, お茶汲み三佐になったばかりの幕勤務の倅が言うには 「命(めい)のまま」 命令の通…. 旅団司令部及び付隊、第50普通科連隊、第14後方支援隊、第14偵察隊、第14通信中隊、第14音楽隊が善通寺駐屯地において新編。 第14特科隊、第14高射特科中隊が松山駐屯地において新編。; 第14戦車中隊が日本原駐屯地において新編 。 第14飛行隊(だいじゅうよんひこうたい、JGSDF 14th Aviation unit)は、徳島県 板野郡 松茂町の北徳島分屯地(徳島飛行場)に駐屯する、陸上自衛隊 第14旅団隷下の飛行隊である。 第14飛行隊(だいじゅうよんひこうたい、JGSDF 14th Aviation unit)は、徳島県板野郡松茂町の北徳島分屯地(徳島飛行場)に駐屯する、陸上自衛隊第14旅団隷下の飛行隊である。, 第2混成団の第14旅団への改編に伴って、2010年3月26日に新編された部隊であり、四国への陸上自衛隊航空機部隊の配備はこれが初めてとなる。これまで四国方面へは中部方面航空隊(八尾駐屯地)が航空機部隊を提供していた。部隊は四国地方への防衛警備・災害派遣などを担当し、人員物資の輸送や観測を任務とする。また、隊長は北徳島分屯地の分屯地司令を兼務している。, 「消火活動協力に感謝状/陸自第14旅団へ知事」四国新聞 2010年10月2日(リンク切れ), 「陸自ヘリ部隊、県内初の配置 松茂、徳島航空基地で式典」徳島新聞 2010年3月27日(リンク切れ), https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=第14飛行隊_(陸上自衛隊)&oldid=79716379, 2016年(平成28年)3月:配備されていたOH-6D(1機・251号機)が用途廃止で引退。, 2017年(平成29年)3月:配備されていたOH-6D全機(2機・310/299号機)が引退。これに伴いUH-1Jが増強配備される。, 2018年(平成30年)3月:第14旅団が即応機動旅団に改編。機動旅団飛行隊として再編成完了となる。. 2006年(平成18年)3月27日:第2混成団から第14旅団に改編。. 第14旅団は、令和2年度機動展開訓練(中部方面隊)を行いました。 令和2年8月24日~9月19日 第14旅団は、第14旅団戦闘団演習を行いました。 令和2年8月25日 第14旅団は、第11代第14旅団長遠藤充 陸将補の着任行事を行いました。 第13旅団(だいじゅうさんりょだん、JGSDF 13th Brigade)は、陸上自衛隊の旅団のひとつ。 中部方面隊隷下の即応近代化旅団で、司令部は広島県 安芸郡 海田町の海田市駐屯地に置く。 3個普通科連隊(軽)を基幹とし、山口県、広島県、岡山県、島根県、鳥取県の防衛警備、災害派遣等を任務とする。 後村幸治は防衛大学校第44期卒業の陸上自衛官。 幹候は81期にあたり、職種は航空科だ。 生年月日は判別しないが、第44期はストレートであれば、昭和52年度の生まれにあたる年次である。 平成29年3月(2017年3月) 第2飛行隊長・2等陸佐 前職は陸上幕僚監部運用支援・情報部勤務であった。 19年3月 輸送学校業務科教官(朝霞) 22年8月 航空学校航空運用教官(明野)